「気配を風に溶かす魔法」。

生まれて初めて私が覚えたまじないが、それだった。

***

その日の朝は久方ぶりの晴天だった。

森に積もった雪の表層が陽光に撫でられ、こそばゆそうにきらめいていた。

私は、日光浴を楽しむ里人達の談笑に背を向けて、集会所からくすねてきた固い干し肉を握り締めては件の魔法を発動させて存在感を消す。

誰にも気づかれないようにして、ちょうど子兎一匹分だけ隠れられる広さの、いつもの樹洞に潜り込んだ。だいぶん窮屈になったが、ここより他に居場所はないのだから仕方がない。血のつながりが意味を持たず、皆等しく「里の子」であるこの集落では、身体が弱く動物的に劣った存在である私のような個体が頼れるあてはないのだ。

持ち帰ってきた食糧を、雪を溶かした飲み水に浸して噛みやすいように柔らかくする。

数日前から腹の調子は悪いままだが、それでも飢え死にするよりはと無理やり咀嚼して飲み下した。

毛艶のないくすんだ茶色の髪の毛は、同年代の餓鬼大将どもに無理やり掴まれたせいで、すっかり千切れて枝毛だらけだ。脇腹や背中に残る青あざも、奴らの「狩りごっこ」の一環で生じたものだった。

でも、それ以上に最悪なのは、身体にこびりついた女達の体液の跡。

ーーここのところ急に性分化が進んでいる自覚はあった。喉に出っ張りが生じ、脚と脚の間が日に日に膨らんで、明確に形が変わってきていた。

そうした変化の不安ごと、自分を抱きしめながら一人眠っていた昨日の深夜、突然眠りの底から叩き起こされたのだ。

「お前のような弱い雄はいつ死んでもおかしくない」

「ならばその前に種だけでも採っておくべきだ」

そんな勝手なことを言って、少し歳上の女達は、生えたばかりの私のそれに腰を下ろしたのだ。一回り以上も身体が大きく、腕力ではとても勝てない相手を前に、なすすべなく、私は強制的に「男」にされてしまった。